朗読イベント其の三「ナフプリオン」

12月26日は映画上映後に、劇団舞台処女(げきだんまちかどおとめ)の皆様に、朗読を行って頂きました。
朗読の題目は、小川国夫の処女作『アポロンの島』に収録された「ナフプリオン」という作品です。
朗読というと、通常ひとりで淡々と行われるものですが、劇団舞台処女の朗読は飛び道具が炸裂しました。
演出家の断寝俊太郎さんが滑らかに読み進まれるなか、事件は起こりました。断寝さんの横で、構えていたうら若き乙女がいきなり「フン!フン!フン!」と鼻息荒く叫びだしたのです!暴力的ともさえいえるその唸りは、蛸を叩きつける漁師の息遣いをあらわしていました。
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「ナフプリオン」は蛸のお話しです。お話しというよりも、旅先のギリシャの港町で陸に上げられた蛸と出会うという出来事が綴られた旅行記というほうが正確でしょう。旅行記ではあるが、ここでは移動ではなく、停泊が描かれています。旅行者が足を止めたときの“あしぶみ”が聴こえてくる一篇といえるかもしれません。
原作者は旅路を振り返り、慈しむような筆致で、「ナフプリオン」という街を描きます。固有名詞を多用しつつ、旅先での言葉を日本語という別の言語に置き換える作業を原作者は慎重に進めています。
件の「フン!フン!フン!」という鼻息は、原作のなかにはありません。だけれども、原作者が立った固有の風景のなかに舞い戻ってみたならば、あの野性的な息遣いがあったかもしれない。そんなふうに思わずにはいられない大胆な試みでした。
今回の朗読イベントでは、三者三様のアプローチで作品に取り組まれましたが、ひとつ共通していたのが、朗読という行為を通じて、完成された作品をもういちど「いきなおす」という過程が垣間見られたことでした。本当はだれしも作品を読むことで、作品の世界に「いきる」ことができるのだと思います。でなければ、物語はこの世に必要ないはずです。けれども、作品の世界に没入することが出来ず、引き摺っている現実に作品世界を滲ませてしまうということもままあります。作品との出会いはどこにあるのか。本を閉じてそんな思いに駆られることも少なくありません。今回の朗読イベントで小さいながらも風穴をあけることができました。
朗読を通じて、書き言葉が書き留められる際に捨象されたざわめきが呼び覚まされるとき、声は風を思い出させるのかもしれません。このように思えたのも、映画館という薄暗い空間のなかで、朗読がなされたのも大きな要因となっていると思えます。
2011年を迎え、シネ・ヌーヴォでの上映も残すところあと四日となりました。
ぜひ皆さん、劇場にご足労下さい!

井川 拓